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ZCI(ZYDERM Collagen Implant)は、米国で開発された注入用のウシ真皮コラーゲン製剤です。ZCIにはコラーゲン濃度の異なる2種類があり、症例の部位や皮膚の厚みに応じて使い分けられました。
外傷後に生じた皮膚の陥凹、加齢に伴うしわ、にきび痕や水痘痕による陥凹、限局性強皮症などを対象に、ZCIの臨床的な効果と安全性が検討した。
治療前には、顔面に陥凹性病変のある患者に対して問診を行い、既往歴に問題がないか確認したうえで、前腕の皮内に少量のZCIを注入する皮内反応テストを実施。
その後、4週間の観察期間を経て発赤、腫脹、硬結、かゆみ、発疹などの反応がないか観察し、陰性と判定された28名(計42症例)を対象に真皮内注入を行いました。
注入は、最終的な仕上がりを考慮してやや多めに補正する手法が採られ、注入後も血液検査等を通じて全身状態の安全性が継続的に確認されました。
皮内反応テストでは、30人中1人に陽性反応が認められた。この症例では、テスト液を注入したあとにかゆみが生じ、その後、発赤や硬結、腫脹が出現した。ただし、全身状態に大きな変化はなく、血液検査や肝機能検査にも異常はみられなかった。
治療対象となった症例では、外傷後の陥凹、加齢によるしわ、限局性強皮症、水痘痕、にきび痕など、さまざまな原因による皮膚陥凹に対してZCI注入が行いました。42症例のうち、著効または有効と判定されたものが36例で、有効率は85.7%であった。
特に、加齢によるしわや限局性強皮症では、比較的良好な結果が得られた。一方で、水痘痕やにきび痕のように組織が硬く、注入物の保持が困難な部位については、効果が限定的になる傾向も示されました。
ZCIによる皮内反応テストの陽性率について、他の文献でもおおむね同程度の陽性率が示された。また、皮内テストで陰性だった場合でも、後日ZCIを注入したあとに遅延性の反応が起こる例がある。
このことから、ZCIを使用する際には、治療前の皮内テストを行うだけでなく、注入後の経過観察も欠かせないと考えられる。特にウシ由来のコラーゲン製剤であるため、アレルギー反応や局所反応への配慮が必要。
また、効果の出やすさについては、注入部位の皮膚や組織の状態が関係している。しわや限局性強皮症では注入部が比較的やわらかく、ZCIを皮内へ注入しやすいため、効果が得られやすかった。
一方、にきび痕や水痘痕のような陥凹では、瘢痕組織が硬くなっていることが多く、ZCIを均一に注入しにくいため、しわなどに比べると効果が限定的になりやすい。皮膚陥凹の原因や組織の硬さによって、治療結果に差が出ることがある。
安全性については、治療を受けた患者に全身的な異常や局所的な合併症は認められず、注入前後の血液検査や肝機能検査にも大きな変化はみられなかった。ただし、注入による形態改善は簡便で魅力的な方法である一方、過去の注入療法に伴う問題点を踏まえると、慎重に扱うべき治療である。
著効または有効と判定された症例は全体の85.7%であり、加齢によるしわや限局性強皮症では良好な結果が得られた。安全性についても、治療を受けた患者に副作用や合併症は認められていません。
本研究が国内におけるコラーゲン注入の臨床報告として価値のあり、どのような症例に適しているのかを示した点に意義があると評価した上で、皮内テストやアレルギー反応について、治療後に感作されて陽性化する可能性がないか、より詳しい確認が必要ではないか。また、効果判定についても、見た目の改善だけでなく、注入部位の触診上の変化、たとえば硬結を伴っているのか、正常なやわらかさを保っているのかについて明らかにする必要がある。
さらに、注入治療は手軽に見える反面、不適切に扱われると患者に不利益を与えるおそれがあるため、医師が使用する際の条件や適応について、慎重に考える必要がある。
皮内テストが陰性であっても、ZCI注入後に遅延性アレルギー反応が起こる場合がある。ただし、文献上ではその頻度は高くなく、発生した場合も局所の発赤や腫脹が徐々に改善している例が報告されている。
また、有効と判定した症例については、判定時点で注入部位は正常なやわらかさを保っていた。さらに、注入後1年を経過した例でも、皮膚のやわらかさや色調に変化は認められなかった。
一方で、ZCIによる注入治療を安易に広げるべきではない。形態の改善を比較的簡便に行える方法であるからこそ、副作用への注意、皮内テストによる安全性の確認、長期的な経過観察を行いながら、慎重に使用すべき治療である。
本稿は、征矢野進一・福田修「ZCI(コラーゲン注入剤)による皮膚陥凹の治療経験」日本美容外科学会会誌 第8巻第4号を元に構成しています 。
1952年(昭和27年)12月29日、長野県木曽福島町に生まれる。1967年(昭和42年)4月に長野県上田高等学校へ入学、高校在学中の1970年(昭和45年)8月から1971年(昭和46年)7月までアメリカ合衆国マサチューセッツ州ミルトン・アカデミー高校へ留学、同年7月に卒業した。1972年(昭和47年)3月に上田高等学校を卒業後、同年4月に東京大学理科三類へ進学。東京大学では医学を専攻し、1979年(昭和54年)3月に東京大学医学部医学科を卒業。