

目次
微小血管吻合技術(マイクロサージャリー)の進展により、遊離空腸移植による頸部食道の再建は広く普及するに至りました。しかし、外科的な再建が完遂された後も、一部の症例において経口摂取時の通過障害や逆流といった機能不全が認められることが課題となってきました。これらの症状は、解剖学的な狭窄のみならず、移植組織が有する固有の「蠕動運動」が関与している可能性が示唆されてきました。本研究の目的は、この蠕動運動の強弱を「腸管内圧」という定量的指標で測定し、それが術後の全身状態や生存期間にどのように影響するかを解明することにあります。
31匹のイヌを使用し、頸部食道の欠損領域に遊離空腸を移植するモデルが構築されました。
移植腸管の内圧測定には「open tip法」が用いられ、三つの側口を有するプラスチックチューブを管腔内に留置し、トランスデューサーを介して内圧の変化を記録しました。評価項目として、空腸の最高収縮期圧、体重変化率、および生存期間を設定。移植後1ヵ月から6ヵ月の経過観察期間において、これらのデータの推移を多角的に分析しました。
31例の実験モデルから得られた主な知見は以下の通りです。
術後1ヵ月時点の腸管内圧が25 mmHg以上の群は、それ未満の低圧群と比較して、統計学的に極めて有意に生存期間が長いという結果が得られました。
術後の体重減少率と内圧の数値には、統計学的な有意差は確認されませんでした。
組織学的検討(HE染色)の結果、移植から長期間経過した後も、腸管壁内のAuerbach神経叢には明瞭な神経細胞が保持されていることが確認されました。
従来の知見(Hopkinsら、Nakayamaら等)では、移植後の過度な蠕動運動や内圧上昇は通過障害の直接的な誘因として捉えられてきました。しかし、本研究の結果は、術後早期に高い内圧を示す個体ほど生存予後が良好であるという、新たな視点を示すものとなりました。
この現象は、高い内圧(力強い蠕動運動)が、移植された空腸の血行再開が良好であり、かつ自律神経系を含む組織活性が高度に維持されていることを反映する「付随的な指標」であることを示唆しています。つまり、臨床的に懸念される蠕動運動の強さは、同時に移植組織の生命力の高さの証左であるとも解釈できます。
イヌ31匹を用いた遊離空腸移植術において、術後早期の腸管内圧は移植組織の生命力を示す重要な指標となり得ました。内圧が高いことは、その組織が機能的に生着している証左であり、術後の長期生存に寄与する要因であることが実証されました。
本稿は、征矢野進一、田中博、波利井清紀「遊離空腸移植の実験的研究 ―第2報:イヌ移植腸管の内圧の変化について」日本形成外科学会会誌 第9巻第1号(20~26)別冊, 1989を元に構成しています 。
1952年(昭和27年)12月29日、長野県木曽福島町に生まれる。1967年(昭和42年)4月に長野県上田高等学校へ入学、高校在学中の1970年(昭和45年)8月から1971年(昭和46年)7月までアメリカ合衆国マサチューセッツ州ミルトン・アカデミー高校へ留学、同年7月に卒業した。1972年(昭和47年)3月に上田高等学校を卒業後、同年4月に東京大学理科三類へ進学。東京大学では医学を専攻し、1979年(昭和54年)3月に東京大学医学部医学科を卒業。